さとちきBiography
 
幼少期〜学生時代


■1982年(0歳)
東京都墨田区で約4000グラムという存在感で産まれる。元気に育つ。

■1984年(2歳)
あまりの元気っぷりに一旦東京から京都のおばあちゃんの元に預けられる。半年間愛情を一心に受けながら京都で過ごす。

■1986年(4歳)
「迷子キャラ」が定着する。旅行先の神津島で迷子になり島内放送で呼び出される。
放浪癖を垣間見せ始める。

■1992年(10歳)
お兄ちゃんが組んでいたバンドのライブを見に行く。
とんがったエレキギターをかき鳴らす姿にかっこいいと思う。
がしかし、兄と全く同じものは何かしゃくというB型まるだしの負けず嫌い精神から、クラシックギターを習い始める。 
得意曲は「禁じられた遊び」渋い小学生となる。☆この頃の夢は「プロのギターリスト」

■1996年(14歳)
「バンド禁止」の中学校だったが、クラスメイトとバンドを結成。ついにエレキに手を出しギターを担当!
当時はThe Ventures(テケテケ)やDeep Purpleなど洋楽の王道的ロックをカバー。
自分達はかなりいけていると勘違いしていた。が、周りの人はだれも知らなかった。
当時のクラスメイトは福山雅治やミスチル、スピッツで頭がいっぱいだった。

■1997年(15歳)
高校入学。 コントラバスがかっこよく見えて吹奏楽部に入部。入部前の約束ではコントラバスを担当できる「はず」だった。
しかし、ふたを開けてみると「楽器が壊れているから、あなたはチューバね!!」とかなり強引に担当楽器が決定。
「はめられた!」という被害意識からなかなか立ち直れない日々をすごす。(後にチューバ大好き人間になり、肺活量が一気にアップした!)

■1998年(16歳)
アメリカへ1ヶ月の短期留学。何かの間違えで面接をパスし、無料で留学できることに。
ここでこころからつながりあうことや言葉の壁、くやしさ、友情など様々な価値観と出会う。一生の仲間が日本と世界にできた。

■1999年(17歳)
流行に負け、洋楽ハードロックから邦楽フォークへとシフト(笑)
スピッツをカバー。初めての作詞・作曲に挑戦するが、1番最初にできた曲のタイトルは「波止場」。渋すぎて却下。
学園祭でアコースティックバンド「The Crazy Cookie」を結成。生まれて初めてボーカルを担当。
今の「エメラルド」の原曲となる「空」などオリジナル曲とL'Arc-en-Cielのコピーというなんともまとまりのないバンドだったが、
ベースを担当した友達「T君」が学校一の美少年だったので人気はかなり高かった。みんな彼を見ていた(笑)

■2002年(19歳)
1年浪人をして大学入学。合気道部、ファンスキーサークル、学園祭の実行委員と活発に学生生活をエンジョイ!
毎日が飲み会!という生活を送る中、「やりたい事が分からずもやもやする」という感情にも悩むようになる。 

■2003年(20歳) 引きこもる。
一体何がしたいのが、何のために浪人までして学校に入ったのか、答えは闇の中へ…。
そんな中、おばあちゃんに会いに行きたい一心ではじめの1歩目を踏み出すことができた。
50ccの原付にギターと寝袋だけを乗せ東京錦糸町から京都の天橋立を目指した。ワクワクしていた。
しかし!!大変なことに気づく。お金がない!! 財布には2000円しか入っておらず貯金もなし。
静岡県浜松市でガス欠となりストップ。街の駅前までバイクを押して、ただ見知らぬ街で途方にくれた。(さとちき誕生へ続く→)

さとちき誕生…そして今 


 なんとかガソリン代を稼ごうと、ライブをしたらお金がもらえるという甘い発想を思いつき路上ライブをすることにした!
 しかし、自信がなかったので全然唄い出せない。
 ギターのケースからギターを取り出して、チューニングをして、またケースにしまって…を繰り返す。今思うと不審だったと思う。
 2時間くらいたって誰にも聴こえないように下を向いて唄いだす。こんな調子で3日間が過ぎる。
 その間、トイレと公園の水、板チョコ1枚で野宿生活を初体験する。
 3日目の夜、衝撃的な出逢い。はじめてちゃんと歌を聴いてくれた人が現れた。
 その人は「それを本気でやっているのか!?」と怒号した。お酒のにおいと共にその言葉は深く心に刺さった。

 「音楽をずっとやりたいと思っていた」
 「でも、それはとても難しい道だから現実的じゃないし」
 「大学で一緒に専門分野を学ぶ周りの人の前で本当は音楽をやりたいなんてとても言えない」
 「音楽は趣味なんだ」
 そう言い聞かせていた自分。でも、なぜか悔しかった。 

 そのとき、自然と今やっていることに本気で取り組んでみようと思えた。

 立ち上がった!! 座りながらじゃなく、歩いている人と同じ目線で唄うことから始めた。
 路上ライブだけでなくバーやスナックで飛び込みの流しもした。CDも販売した。( 自主制作CD野ざらし紀行)
 今までしゃがんでいた期間の分だけ、反動が爆発した。
 こうして、ガソリン代をゲットし、京都まで行って東京に帰るわずか2週間の出来事が全てを変えてしまった。

 「どんな過去があっても、何かをやり遂げられる」その想いを届けたい。使命を見つけた。

 さとちきの誕生!

 さとちきとして、音楽活動をスタートした。

■2004年
  CD「こころのたび」を制作。

 ・さとちき中国で「二胡」と出逢う。すぐに二胡を手に入れて、ひたすら独学で学ぶ。
  二胡の音は「がんばりすぎなくていいよ〜」をそのまま音にしているように聴こえた。一瞬で虜になった。
  最初は練習すると飼っているネコに必ず足をかまれる始末。自曲に二胡を取り入れるようになる。

■2005年 
 ・島村楽器主催『録れコン2005』にて作品「帰ろう帰ろう」が、約2000組の中から全国アコースティック・弾き語り部門No.1を受賞。

  7月、東京錦糸町から期間内にCDの売上だけでどこまで西へ行けるかに挑戦する
  「全国無銭路上ライブの旅」へ出発。福岡まで行くことに成功。
  CD「しゃぼん玉の恋/きずな」制作

  愛知万博イベント出演

■2006年 
 ・大学卒業 栄養士の資格をゲット。本当に仲間に支えられて単位をとる。
  卒業研究のテーマは「伝統食品 かぶらずしの研究」。しかし、研究室ではラーメンばかり食べていた。

 ・音楽活動をする傍ら、小学校の学校給食を作る仕事に就く。それとは別に、しらすの飛び込み営業やプログラマーなどの仕事もかじってみた。
  音楽のみでやっていくことに完全にびびっていた。しかし、腹を括ろうと決意。音楽のみで自立することにした。

  決意のCD「はじめのいっぽ」制作
  「全国無銭路上ライブの旅vol.2」敢行。
  今度は沖縄から東京までCDの売上のみで帰る旅となり、ツアーファイナルライブは渋谷BOXXで行った。
  全国からたくさんの人が来てくれた! 感動して、その日発表の新曲が涙で歌えないという事態に見舞われる。

 ・テレビ朝日ストリートファイターズのネット投票、着うたダウンロード数、ライブ動員のトータルランキングで、
  2006年9月度、登録数約1300アーティストの中で全国1位ランクイン!テレビ朝日にて全国ネットで放送。 
 
  CD「こころのたび〜一期一会〜」制作

■2007年
 ・1人暮らしを始める。新宿区に家賃3万円の古き良きアパート。
  風呂無し、トイレは上にタンクがあってひっぱるタイプのもの、ブレーカーではなくヒューズを使用。
  玄関がゆがんでいて冬は外より家の中が寒く、家の中で息が白い!というステキな毎日を過ごす。
  洗面台で頭を洗う生活に、切なさと愛しさと心強さを感じ始める。

  4月7日、初のワンマンライブを開催!大田文化の森ホールにて大成功。
  CD「お守り」「かすみ想」制作
  CD「ありがとう」制作

  飽きもせず、「全国無銭路上ライブの旅vol.3」を敢行。
  今度は7月22日より、北海道稚内から沖縄石垣島まで、CDの売上だけで進む。〜ありがとうを繋ぐ旅〜。日本縦断をする。
  さすがに周りは「アホだね〜」と言っていた。
  出発ライブを代官山NOMADで行い、定員100名のところ140名の方に来ていただき、ライブハウスの最多動員記録を塗り替えた。
  ホールではライターに火がつかない酸欠というミラクルが起こった!
  日本の最南端は石垣島ではなく波照間島だということに割りと直前に気づく。あわてて、波照間島へ船で渉る。

  9月8日、横浜産貿ホールにて「ありがとうを繋ぐ旅」ツアーファイナル開催。
  ギャラリーには旅で撮ったお客様の1,000枚以上の「ありがとう写真」が展示される中、全国から約300名の方が横浜に駆けつけ、会場超満員にて無事成功!
  著名人・北原照久さん、高橋歩さん、てんつくマンさんからもありがとう写真で協力していただいた。

■2008年
  CD「エール」制作
  DVD「ワンマンライブDVD〜BIGBANG〜」制作
  3月9日、2度目のワンマンライブ。目黒区中小企業センターホールにて、大成功を収める。
 
 夢を伝えるために、2010年までに、国民的音楽番組である「NHK紅白歌合戦」に出場することを目標にすると宣言する。
 もう後にはひけない!!すべては「どんな過去があっても…」というメッセージを伝えるために。
 
 ・Kenwood デジタルオーディオレコーダー 「MGR-A7」 のモニターアーティストに選抜。
  CD「いまここ」制作
  ライブハウスをまわる初の全国ツアー『いまここから』敢行。
 ・ツアー中、文化放送のラジオ番組「伊藤俊吾のザ・ソングス・オーディションGeTaCha!」に参加。 
  番組にて、5週間のリスナー投票による勝ち抜けを達成!!全国からの応援メッセージ・コメントは通算1000件を超えた。

  7月〜9月にかけ、ムーミンベーカリー&カフェとのコラボレーションで、ムーミンカフェ博多店・東京ドームラクーア店・横浜ららぽーと店全店舗で
  ワンマンディナーライブを敢行。全会場でチケットはSold Out! 実写版スナフキンとしてライブをすることに!
  ムーミンファンのさとちきとしては大興奮。栄養士の資格を生かして作ったオリジナルフードメニューも大好評でした!
  9月14日、ツアーファイナルワンマンライブを原宿ASTRO HALLにて、大成功を収める。
  10月12日、寺家ふるさと村「田園ふれあいコンサート」にて「小室等」氏とコラボレーション。二胡でサポートとして共演を果たす。
  小室さんファンのさと父からテンションの高いお祝いの電話がかかってきた!
  11月24日、仙台エルソーラにてベストセラー作家の「中谷彰宏」氏の講演会にゲスト出演。
  12月23日、K-MIX公開収録ライブにてTMネットワーク「木根尚登」氏と共演。

■2009年
 ・文化放送・伊藤俊吾のザ・ソングス・オーディション「GeTaCha!」の2月度番組エンディングテーマに起用。
 ★さとちき自主企画ライブ「おんぷマーケット」立ち上げ!

  さとちき全国ツアー2009『限界突破』開催!
  
出発ライブとして5月8日渋谷O-WEST(400名動員)にてワンマンライブを行い、大成功!!
  
  関東はもちろん、北海道、仙台、新潟、名古屋、大阪、福岡など全国各地でライブを行う。
 
  そして、ツアーファイナルとして  
   11月7日には渋谷O-EASTにてワンマンライブを行い、大成功を収める。
 
 「どんな過去があっても、特別な人でなくたって夢は叶えていけるんだ」ということをたくさんの人に伝えるために。
  さとちきは今日もどこかで歌っています!

メディア出演(テレビ・ラジオなど)


テレビ出演
 
・テレビ朝日「ストリートファイターズ」
 ・テレビ埼玉・テレビ浜松・すみださくらケーブルテレビ

ラジオ出演
【AM】
 ・ラジオ日本(関東)  北原照久の「昨日の続きのつづき」
 ・文化放送(関東)   伊藤俊吾のザ・ソングス・オーディション「GeTaCha!」
 ・MBSラジオ(大阪)  「UKのチア・ミュージック」
 ・KBSラジオ(京都)   田淵岩夫の「健康一番」
 ・九州朝日放送(福岡) 「サタデーミュージックカウントダウン」
【FM】
 ・FM福岡・FMCOCORO(大阪)・FM長野・FM K-MIX(静岡)・RADIO-I(東海) 
 ・FM愛知・FM三重・bayFM・FMわっぴ〜(北海道)・FMたいはく(仙台)・FM塩釜(仙台)
 ・渋谷FM・葛飾FM・江戸川FM・川崎FM・多摩レイクサイドFM 
 ・FM HALO(浜松)・FM北愛知・SHANANAFM(愛知)・FM豊田(愛知)・可児FM(岐阜)
 ・
FM四日市・FMうじ(京都)・FM伏見(京都)・FM尼崎・FMレディオ・モモ(岡山)
 ・
FMゆめウェーブ(岡山)・FMKITAQ(北九州)・FM那覇・FM石垣 ほか

■その他メディア
 ・東京都発行フリーペーパー「ashita!」  
 ・qmpmフリーペーパー「学+」(元学天ウォーカー)
 ・読売新聞 北海道版